法改正による時間外労働の上限規定に注意!過重労働を是正する対策とは?

働き方改革関連法案の成立により、時間外労働や休日労働の上限が法律で規定されるようになりました。ただし、企業の中には人員不足などが原因で過重労働の是正がなかなか進まないこともあるかもしれません。 過重労働を放置すると刑事訴訟や民事訴訟、社会的制裁など企業に大きなダメージを及ぼします。そこで、過重労働を是正するにはどのような対策をとればいいのかについて解説します。

健康被害をもたらしうる過重労働

過重労働の定義は、法的に規定されていません。ただし後述するように、労働基準法のなかで超えてはいけない時間外労働や休日労働の上限が定められており、その上限を超えた労働のことを過重労働だと厚生労働省は説明しています。

過重労働により労働者は身体的にも精神的にもストレスを抱え、業務において創造性や生産性の低下をもたらしてしまいます。脳疾患や心臓疾患、精神疾患などの健康障害のリスクが高くなり、最悪の場合には過労死や自殺を引き起こしてしまう可能性もあります。

労働時間とストレスとの関係

厚生労働省は令和2年(2020年)版過労死等防止対策白書の中で、日本の労働者の労働時間やストレスの状況について報告をまとめています。
それによると、平成30年(2018年)には労働者の58.0%が仕事や職業生活でストレスを感じていると報告されています。その中でも、仕事の質や量がストレスの原因になっていると回答したのが59.4%で1位でした。
また勤務問題が原因で自殺した人のうち、仕事疲れが原因だったのが約3割を占めるなど、過重労働による労働者へのストレスが明らかになる統計結果が得られています。

ストレスが健康状態を阻害することに関してはさまざまな研究報告が行われています。

強いストレスがかかると「コルチゾール」と呼ばれるストレスホルモンが副腎皮質から分泌され、このコルチゾールが長い時間過剰に分泌されると、免疫系や中枢神経系、代謝系などにさまざまな作用を及ぼしかねません。

結果として、思考力や行動力、集中力が衰え、仕事の生産性が低下します。また睡眠障害を引き起こし、脳疾患や心臓疾患のリスクが高くなります。さらには精神疾患のリスクもあり、うつ病の患者ではコルチゾールが高く検出されています。

日本人の労働時間

では、日本の労働者の労働時間は海外と比較してどのような値となっているのでしょうか。厚生労働省によると、年間の実労働時間は戦後から徐々に短くなっています。とくに2017年から2019年にかけて40時間も減少。その原因は、働き方改革を実施する企業が増えたからだとみられています。

OECD(経済協力開発機構)の統計によると、2019年の日本の年間労働時間は1,644時間で、世界主要国で22位になっています。この数値は3位の韓国(1,967時間)や10位の米国(1,779時間)よりも短いという結果です。世界の平均が1,726時間であるのと比較しても、日本の労働時間は長すぎることはないといえます。

その一方で、ある会社が世界19カ国で有給休暇率を調査したところ日本は最下位の50%でした。4年連続で最下位であり、下から2位のオーストラリアやマレーシアの70%を大きく下回っています。

過重労働の基準とは?

過重労働で問題となる労働時間は労働基準法第32条で規定されています。労働基準法第32条では、

・法定労働時間は休憩時間を除き、1日8時間ないし1週間40時間以内(ただし、商店・理容、映画製作・興行、接待・娯楽の事業で常時10人未満の従業員の場合には週44時間以内)
・法定休憩時間は法定労働時間が6時間超で45分以上、8時間超で1時間以上
・法定休日は週1日以上あるいは4週間で4日以上

と定められています。

ただし後述する労働基準法第36条に基づく労使協定(36協定)で法定労働時間を超えた時間外労働や休日労働が可能です。

36協定の基本と気を付けるべきポイント

36協定の正式名称は「時間外・休日労働に関する協定届」です。法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を企業が命じる場合、労使間で「時間外労働・休日労働に関する協定書」を締結し、労働基準監督署に「36協定届」を届け出ることが義務付けられています。労働者が1人の場合でも、36協定届の届出は義務になっています。

法定労働時間は、企業が就業規則や雇用契約書で定める所定労働時間とは異なります。たとえば始業が9時で終業が17時、休憩が1時間という就業規則の場合、1日の所定労働時間が7時間です。そのため、残業が1時間以内であれば、法定労働時間内になります。

注意が必要なのが、36協定の特別条項です。これによると、時間外労働が年720時間以内、時間外労働と休日労働の合計が月100時間以内、時間外労働と休日労働の2カ月、3カ月、4カ月、5カ月、6カ月平均がすべて80時間以内、時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6カ月までになっています。

36協定の特別条項のうち「月45時間を超えることができるのは年6カ月まで」が抜け道となり、過重労働を助長させる結果となりました。また36協定で定められた時間外労働の上限は労働基準法で定められたものではなく厚生労働大臣の公示であるため、法的拘束力がなく罰則がありませんでした。

法改正による時間外労働の上限規定

働き方改革の一環として、労働基準法が改正され、時間外労働の上限が法律で規定されるようになりました。それによると、時間外労働の上限は原則、月45時間、年360時間と規定されています。36協定の特別条項で定められた時間外労働が年720時間、時間外労働と休日労働の合計が月100時間以内等の上限も、労働基準法に盛り込めることになりました。

これにより、従来は過重労働の認定の判断基準が健康問題が実際に起こっているかという労災認定されるかどうかだったのに対し、労働基準法の改正により誰でも過重労働をチェックできるようになりました。時間外労働の上限を守らなかった企業は、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が罰則として課される恐れがあります。

労働基準法の改正に加えて、働き方改革の一環で労働安全衛生法が改正され、産業医・産業保健機能が強化されるようになりました。健康リスクが高い状況にある労働者に対し、産業医が面接や健康相談を行い、必要とあれば事業所に労働時間や労働環境についての意見書を作成できるようになっています。

意見書には法的拘束力はありませんが、企業が無視して問題が起きたときは後述するように刑事責任や民事責任、社会的責任を負う可能性があります。

上限規制の適用が猶予・除外されるのは?

労働基準法や労働安全衛生法などの改正を含む働き方改革関連法案は2019年4月1日に施行されました。ただし、業務や業種、企業の規模によって、時間外労働の上限規制が猶予されています。中小企業は猶予期間が1年設けられ、2020年4月1日から適用が開始されました。

建設事業や自動車運転業務、医師、鹿児島県と沖縄県の砂糖製造業に従事する事業者は、時間外労働の上限規制の適用が2024年3月31日まで猶予されます。また新技術・新商品に関する研究開発業務に携わっている場合には、時間外労働の上限の適用が除外されます。

ただし週40時間を超えた分の残業時間が合計で月100時間を超えると、罰則付きで医師の面接指導が義務付けられています。

過重労働になりやすい業種であることを理由に時間外労働の上限の適用が猶予・除外されていますが、過重労働や過労死の問題が深刻化しているため、2024年4月以降は医師以外の4業種については厚生労働省令で時間外労働の上限規制が一部あるいはすべて適用されるのに対して、医師に関しては今後省令にて定められる予定です。

限度時間を超えて労働させる場合に必要な手続き

今回の労働基準法の改正により36協定で定める必要のある項目が変更されたため、36協定届で健康確保措置が義務付けられるようになりました。

特別条項では「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康および福祉を確保するための措置」の欄に、36協定届2枚目裏面に記載された以下の項目のいずれかを選択し、具体的内容を記入することが求められます。

①労働時間が一定時間を超えた労働者に対し医師が面接指導を実施
②深夜における労働回数を1ヶ月で一定回数以下にすること
③終業から始業までに一定時間以上の休息時間を確保
④勤務状況や健康状態に応じて代償休日あるいは特別な休暇を付与すること
⑤健康診断の実施
⑥年次有給休暇を連続して取得することを促進
⑦心身の健康問題についての相談窓口の設置
⑧勤務状況や健康状態に配慮し、必要とあれば配置転換を実施
⑨産業医による助言や指導、保健指導の実施
⑩その他

企業が実施できる過重労働対策とは

長時間働く人材が評価されるような風習をもつ企業の場合、時間外労働の上限を法律で規定したからといってなかなか風習を断ち切ることは困難でしょう。しかし、過重労働を放置すると問題が発生したときに刑事責任などが問われる恐れがあります。

では、従業員が過重労働にならないように、企業が実施できる対策としてどのようなものが考えられるでしょうか。

有給休暇の取得推進

日本の有給休暇の取得率が低いことは先述した通りです。そこで、年次有給休暇の取得を推進することで、ワークライフバランスの実現につながるでしょう。労働基準法第39条では、全労働日の8割以上出勤した一般の労働者(所定労働時間が週30時間以上、所定労働時間が週5日以上あるいは1年の所定労働時間が217日以上の労働者)に対して、10日の有給休暇を与えることが義務付けられています。

また年5回の有給休暇取得だけでなく、年に10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対しては使用者が内5日について時期を使用して取得させることが義務付けられています(時期指定)。ただし、年次有給休暇を5日以上取得済みの労働者については、時期指定は不要なので注意しましょう。

ワークライフバランスを実現することで、従業員の満足度やモチベーションのアップにつながり、生産性の向上や優秀な人材の確保、ひいては企業の価値の向上につながります。

勤怠管理で労働時間を見える化

従業員が過重労働に陥らないようにするためには、企業が抱えている労務リスクを把握し対策を立てる必要があります。しかし、出退勤の時刻の記録を自己申告に頼っている場合には、残業時間など労働時間を正確に把握できせん。
労働時間を把握するために従来使用されてきたのがタイムカードです。第三者による不正打刻の問題もありますし、月の締め日にならないと労働時間を把握できないなど、対策が後手になってしまう可能性があります。

そこで、たとえば、入館証となるICカードや指紋などの生体認証を活用すれば、第三者による不正打刻の問題は解消するでしょう。また勤怠管理システムで労働時間を見える化することで、リアルタイムで過重労働が明らかになります。従業員もまた、長時間労働を行っていると意識できるため、過重労働の抑止力として働くでしょう。

健康管理体制の整備

常時50人以上の労働者を使用する事業所では、労働者の健康管理を適切に行うために、産業医と衛生管理者を選ぶ義務があります。ただし、この条件を満たさない小規模の事業所である場合には、産業医の専任義務はありません。

過重労働が発覚した労働者や、ストレスチェックで高ストレスと判断された労働者に対して、産業医が面接指導を行い、就業上の措置を講じることが義務付けられています。そのためにも、面接指導の実施体制や方法を整備しないといけません。

また1年に1度の定期健康診断や、深夜の業務を行う労働者に対しては6カ月に1回特定業務従事者健康診断を実施する義務があります。健康管理を適切に行うことで、過重労働による健康障害を未然に防ぐことが可能になるでしょう。このタイミングで過重労働の対象者の健診結果を特に注意し、面接指導のみならず、メンタルの状態も併せて注意するといった対処も必要です。

人事制度の見直しを図る

昇給や給与・賞与と直結するのが人事評価制度です。労働時間が長いほど評価が高くなるという制度では過重労働を防ぐことは難しいでしょう。そこで、労働時間が短くても効率的に働けば評価されるような人事評価制度に変更することで、過重労働を良しとする労働者や中間管理職の意識改革にもつながります。

政府もまた企業が人事制度の見直しを図れるよう、さまざまな施策を設けています。たとえば、働き方改革関連法案に盛り込まれた勤務間インターバル制度では、終業と次の始業とのあいだに一定の休憩時間を設けて、従業員の睡眠確保やワークライフバランスを保つことを推奨しています。

また従業員に余裕がなく残業を避けにくい中小企業でも、9時間あるいは11時間以上の勤務時間インターバル制度を導入すると人材確保等支援助成金を受けられるチャンスがあります。

過労死は企業にも大きくダメージを与える

従業員が過労死や過労自殺すると、企業はさまざまな責任を負わないといけません。労働基準法違反で刑事責任を負うのはもとより、企業の対応が悪質だと業務上過失致死傷に問われる恐れもあります。

過労死や過労自殺した労働者が出た場合、安全配慮義務違反で会社の役員が損害在賠償責任を負う可能性もあります。さらには、過労死や過労自殺が発生したことでブラック企業のレッテルが貼られ、企業のイメージが損なわれてしまいます。上場企業の場合には、株価が下がることで株主代表訴訟へと発展する可能性もあります。

労働時間の削減や有給休暇の取得率の向上は世界的な流れです。健康管理や勤怠管理を適切に行うことで、企業にとっても生産性向上や企業イメージのアップなど大きなメリットがもたらされるでしょう。