パワハラ防止法の定義や背景、義務、罰則を解説【中小企業施行も迫る】
パワハラとは正式名称「パワーハラスメント」と言い、職場内で行われる嫌がらせを指すものです。 主に、社会的地位が高い者や双方の関係性において優位性が高い者が、相手に精神的苦痛を与えたり、相手を不利益な状況に追い込んだりする言動を行います。 特定の個人を社会的、精神的に追い込み、職場全体の環境悪化を招くパワハラを、人事担当者は見逃す、見過ごす訳にはいきません。 従業員が脅威に晒されることなく、腰を据えて長く働ける職場環境作りのため、そして企業に課された義務を全うするためにも、パワハラを取り締まる法律「パワハラ防止法」を正しく理解しましょう。
目次
パワハラ防止法が令和2年6月1日より施行~中小企業は令和4年3月31日まで努力義務~
令和元年6月、パワハラへの規制内容が加えられた「改正労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)」が公布されました。
平成24年に公表された「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」を法制化した形です。
これによりパワハラ防止法が成立、すべての企業に遵守が義務付けられ、改正法の公布から1年を迎える令和2年6月1日より施行されています。
なお中小企業に関しては、改正法施行から3年以内は努力義務とされており、実際の施行は令和4年4月1日からです。
パワハラ防止法施行の背景に働き方改革
パワハラ防止法施行に至るきっかけは、平成29年3月に閣議決定された「働き方改革実行計画」にあります。
上記内では、労使双方を交えて職場のパワハラ防止強化策の検討を行うことが決定されました。
この決定により、厚生労働省主催の検討会などで議論を重ねられ、令和元年5月にはパワハラ対策強化案が盛り込まれた「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」が成立します。
これにより、労働施策総合推進法などが改正され、パワハラ防止法の施行となりました。
パワハラによる被害状況は深刻
厚生労働省が発表した「精神障害に関する事案の労災補償状況」によると、令和元年度に精神障害で労災支給が決定されたのは509人にのぼり、前年から40人以上増加しています。
その中でも対人関係を起因とする割合は高く、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」の該当者が79人と、全体で最も多くなっています。
上記を鑑みても、パワハラを他人事と軽視し、対策を怠ることが労使双方にとってどれだけのリスクとなるか、企業として真剣に向かう必要があるでしょう。
法律上におけるパワハラの定義3つとは
厚生労働省は改正労働施策総合推進法で、以下3点すべてに該当する場合を職場におけるパワハラであると定義しています。
なお職場とは、従業員が籍を置いている就業場所に限らず、出張先や取引先、移動に利用する交通手段なども含まれます。
1. 優越的な関係を背景とした言動
従業員が自身の業務遂行において、行為者(パワハラを行う人物)を拒否したり難色を示したりできない関係性の元で行われる言動
2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
一般常識の観点から、明らかに業務上に必要がない、適切ではない言動
3. 従業員の就業環境が害されること(身体、精神に苦痛を及ぼす)
従業員が該当の言動を受け身体および精神に苦痛を感じることで、能力の発揮が阻まれ就業に重大な支障が及ぶ事態
パワハラに該当する言動の代表的な6つの類型
各ケースにおいて背景や状況はさまざまであるため、パワハラを不変的に捉え一概に断定することは難しく、企業には臨機応変な対応力が求められています。
その前提の中、厚生労働省は以下6つをパワハラの代表的な類型として定めています。
あくまでも一例であるため、この範囲に区分けしきれない不明瞭なものに対しても、適切な対応が必要です。
1. 身体的な攻撃
相手の身体を殴る、蹴る、相手に向かって物を投げる
2. 精神的な攻撃
人格否定に値する言動、一般常識の範囲を超える叱責
3. 人間関係からの切り離し
定められた就業場所からの隔離、集団による無視
4. 過大な要求
業務に無関係の長時間に渡る肉体労働、私的な雑用の強制、
教育が行き届いていない新卒社員に無理難題を押し付け未達を叱責
5. 過小な要求
自主退職を促す目的で役不足の業務を割り当てる、従業員に仕事を与えず嫌がらせをする
6. 個の侵害
職場外での監視、私物の写真撮影、機微な個人情報の暴露
なお上記は、パワハラを受ける従業員と比べて、行為者の優位性が高いことが前提です。
パワハラ防止法により企業に義務付けられる4つのこと
上記のような行為に対して、今回施行されたパワハラ防止法では、以下4つのことを企業に義務付けています。1. 明確化した自社の方針を就業規則などへ規程し、従業員へ周知、啓発する
2. 従業員の相談に適切に対応できる窓口と体制の構築
3. 迅速で適切な事後対応(事実確認、被害者・行為者への適切な措置、再発防止)
4. プライバシー保護徹底について、相談により不利益を被らないことの周知など、その他必要な措置を実施
厚生労働省の指示に背けば企業の公表や罰則が科される可能性あり
労働施策総合推進法には、厚生労働大臣が必要と判断する場合企業に対し、助言や指導、勧告を行うことができると明記されており、それに背いた場合は内容が公表されることになります。
ほかにも、厚生労働大臣が企業側に報告を求めた際に、報告を怠ったり虚偽の内容を報告したりした場合は、20万円以下の罰金を科すことが定められています。
この辺りは今後の法改正により変動する可能性があるので、今後も動向を注視する必要があるでしょう。
パワハラ防止対策、法令遵守のために企業ができること
パワハラ防止策を講じ法令遵守するためには、人事担当者は率先してアクションを起こしていく必要があります。
具体的な工程や手法は自社状況に即して柔軟に対応する必要がありますが、網羅的なパワハラ対策として、まずは以下の取り組みに着手すると良いでしょう。
経営層からの主体的なメッセージ発信
パワハラ防止法に対する取り組みを全社の課題であると意識付けるために、経営層から自社の方針を発信するのが望ましいでしょう。
その際には、パワハラ防止の目的や意義を添えるとより効果的です。
従業員一人ひとりが「自分ごと」として捉えられれば、パワハラの抑止力も働きやすくなるはずです。
アンケートによる現状調査を実施
パワハラ対策では、自社の現状に即した取り組みを行わなければ、期待できる効果は得られません。
そのため、従業員へのアンケート調査を実施し、自社の置かれている実態を客観的に捉える必要があります。
アンケート実施の際には、以下のポイントに注意しましょう。
・なるべくすべての従業員へ実施する
・実施目的を明示する
・個人が特定されない手段で実施する(無記名、オンラインなど)
・設問は記名よりも選択を多くする
相談窓口を設ける
パワハラに悩む従業員の受け皿として、相談窓口を設置しましょう。
相談者のさまざまな背景や状況に対応するためにも、相談担当者は性別や階級問わず、信頼のおける人物を選任します。
また、適切な相談対応を促進するため、研修などの機会を設けることも必要です。
中小企業で人員が割けない場合は、外部窓口も積極的に利用しましょう。
弁護士や社労士の意見を仰ぐ
パワハラの定義付けは広義であり、それぞれの状況や背景により一概に判断しきれない部分もあります。
さらに人の感情が影響する問題であるため、慎重な判断や対応が求められます。
誤った判断や言動による事態の悪化を防ぐためにも、ときには弁護士や社労士の意見を仰ぐことも必要だと認識しておきましょう。
こんなとき人事担当者はどうする?Q&A
企業で新たな取り組みを行う際には、さまざまな障害がつきものです。
ここでは、パワハラ対策の取り掛かりで人事担当者がぶつかる可能性がある2点について解説します。
中小企業でのパワハラ対策は何から始めれば良い?
大企業の場合、パワハラ防止法が義務化となる以前から対策を講じている企業も見受けられますが、中小企業は組織や人員の問題により、今まさに動き出しというタイミングの企業も多いかもしれません。
その方面に精通する従業員がいればある程度スムーズに進むかもしれませんが、そうでない場合は限られた人員で効率的に遂行しなければならず、初動の判断も重要になってきます。
そのためまずは、先述のように社内アンケートを実施し、自社の実情を把握することをおすすめします。
その後、緊急性、優先度の高いポイントから具体的に着手していきましょう。
データに基づいた取り組み内容であれば、従業員からの理解も得やすいはずです。
パワハラ防止法の推進に対して従業員が懐疑的
パワハラ対策を推し進めることに対し、管理職や年配社員からの反発を受けるケースもあります。
今までの教育や指導方法が通用しなくなる恐れがあるためです。
上記のような従業員に対しては、パワハラによって企業や自身が被る不利益の認識を繰り返し伝えるとともに、部下に対する相応しいコミュニケーションや指導方法を教育する機会を設けると良いでしょう。
適切な意思表示のコミュニケーションスキルであるアサーションや、怒りのコントロール手法であるアンガーマネジメントなどを取り入れるのが有効です。
パワハラ防止法は従業員と企業を守るもの!適切に対応していきましょう
パワハラ防止法は、被害者、行為者かかわらず、自社社員の今と未来を守る法律です。
また、従業員の心身の健康や適切な職場環境の維持は、生産性向上や長期に渡る安定的な労働力確保にも効果を発揮し、企業の安定経営にも欠かせません。
人事担当者は先入観を持たず常に客観的視点を持ち、着実にパワハラ防止対策の推進を進めていきましょう。