安全配慮義務の範囲とは?違反事例でわかりやすく解説
どの企業にも安全配慮義務があり、従業員が安全に仕事ができるよう対策を講じなければなりません。違反すると損害賠償を請求される危険性だけでなく、企業イメージの低下にもつながってしまいます。
従業員が働き続けたいと思える職場を作るためにも、安全配慮義務の範囲や基準や、違反しないための対策を知る必要があります。この記事ではパワハラや過重労働など安全配慮義務違反の事例を3つピックアップしてご紹介するので、コンプライアンスを徹底したいと考える担当者はよくチェックしましょう。
条文から読み解く安全配慮義務とは?
安全配慮義務とは、従業員が安全に働けるよう企業が配慮することです。どの企業にも平等に課せられる義務なので、正しく理解する必要があります。
まずは平成20年に施行された労働契約法第5条の全文から、重要な部分を読み解きましょう。
ポイントのひとつ目は条文にある「生命、身体等の安全」の文言です。これは安全配慮義務には体の健康だけでなく、メンタルヘルスも含まれることを意味しています。さらに「労働契約に伴い」の文言から、労働契約に特別な規定がなくても必ず安全配慮義務が発生することも覚えておきましょう。雇用関係が結ばれていれば、海外勤務者も安全配慮義務の範囲に含まれます。
一方で直接契約を結んでいなくても、同一の場所で働いていれば派遣社員や下請け企業の従業員に安全配慮義務が生じます。この点もよく理解して注意しておきたい部分です。
全配慮義務違反の判断基準2つ
安全配慮義務を違反しないためにも、その判断基準もよく理解しておきましょう。違反の判断には、以下の2つが問われます。
・予見可能性
・結果回避性
予見可能性とは、企業側が事前にその事態を予測できたかどうかの可能性を指す言葉です。これまでのうつ病自殺や過労死に関する裁判でも、たびたび予見可能性の有無が議論されてきました。
一方で結果回避性とは、予見可能性に対し企業が措置を講じたかが論点になります。災害や健康被害を起こす可能性があるのに企業が何も対処していない場合、安全配慮義務違反と判断される可能性があります。
上記からも、企業の安全配慮義務は通り一遍の対策だけでは不十分ということがわかるでしょう。自社の仕事内容や従業員の健康状態などに合わせて、個別の対処を講じることが大事です。
違反して損害賠償を請求されたケースも
安全配慮義務を違反しても罰則はありませんが、損害賠償という形で民事上の責任を負うケースがあります。これまでの裁判例では、主に以下の民法を法的根拠とし、企業側の責任が問われてきました。
・債務不履行責任(民法415条)
・不法行為責任(民法709条)
・使用者責任(民法715条)
特に安全配慮義務違反としては、債務不履行責任による損害賠償を認める裁判事例が近年増えています。
不法行為責任とは、故意や過失によって労働者の権利を侵害したり、損害を発生させたりした場合に認められます。職場で起きたいじめのケースでは、嫌がらせをした本人が不法行為責任を負います。ただし、いじめや嫌がらせが組織で集団的に行われていた場合は、企業側に使用者責任が問われる可能性があります。
安全配慮義務違反に関する実例
次に安全配慮義務違反に関する判決について、3つの事例をもとに解説していきます。それぞれ過重労働やパワハラなど、異なった事例を紹介していますので、安全配慮義務対策の参考にしてみてください。
過重労働に関する裁判事例
まずは過重労働の事例として、平成12年の「電通事件」の裁判について解説します。広告代理店・株式会社電通の若手女性社員が、長時間労働によるうつ病で自殺してしまった事件です。
女性社員の仕事内容は関係者との連絡や打合せ、企画書・資料の起案と作成などでしたが、所定労働時間内では達成できない状況が続いていたと言います。特に企画書などの起案や作成は、所定労働時間外に行うしかなく、長時間にわたる残業が常態化していました。
裁判所は長時間労働の状況や女性の健康状態悪化の現状を知りながら、業務の負担を軽減させる措置を取らなかったとして、安全配慮義務違反を指摘しました。使用者責任(民法715条)に基づき、企業側に損害賠償責任があると判決を下しています。
メンタルヘルスに関する裁判事例
続いては従業員のメンタルヘルス不調から、訴訟に発展してしまったケースです。平成26年の「東芝事件」の裁判について詳しく解説します。
この事案ではプロジェクトのリーダーになった社員が、不調で休職したあとに不当に解雇されたとして企業側を訴えました。社員はリーダー職に就任してから不眠症などの不調を訴えていたものの、業務を追加され、うつ病を発症してしまったと言います。
東京地裁は業務量を軽減しなかった企業側に安全配慮義務違反にあたると判断しました。一方で病院に通っていたことやうつ病を患った事実を企業側に報告しなかった社員にも責任があるとして、損害賠償額減額の判断を下しました。
しかしその後の最高裁では、労働者から申告がなくても業務量への配慮は必要とし、過失相殺は認められませんでした。
パワハラに関する裁判事例
最後に平成12年の高松高裁の裁判について、パワハラの事例を紹介します。上司からパワハラを受けた社員が自殺した件で、遺族が企業に対し損害賠償を求めた事例です。自殺した社員は、上司から過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責を受けており、うつ病を患っていたことがわかっています。
第一審では上司の行為と社員の自殺には因果関係が認められ、予見可能性があったと判断されました。しかし控訴審では、企業側は過去の実績をもとにノルマを作成していたことから、ノルマ達成の強要が認められませんでした。さらに社員は営業成績を偽るために1年以上も不正会計をしており、上司がある程度厳しい指導をすることは正当であると判断しています。
遺族らは企業のメンタルヘルス対策の欠如を訴えましたが、管理者研修などの対策を講じており、結果的に安全配慮義務違反は認められませんでした。
安全配慮義務を果たすための対策
安全配慮義務をしっかり果たすためには、企業ごとに適した対応を行うことが重要です。違反しないための対策について、労働環境と健康管理の2つの視点から解説していきます。具体的な対策も紹介するのでよくチェックしましょう。
労働環境を整える
まずは労働環境の整備から始めましょう。事業場をひとつの単位として、業種や規模に応じた安全衛生管理体制を整えることが義務付けられています。安全管理者は安全装置や器具の定期点検を行ったり、従業員に安全に作業するための教育を実施したりなどさまざまな対策を講じなければなりません。
ほかにも従業員を事故や健康被害から守るための対策は以下が考えられます。
・職場環境の把握と改善
・労働時間の管理と、作業内容の調整
・パワハラなどのハラスメント防止
・安全を確保するための設備を導入
・コミュニケーション環境を整える
職場環境の問題を見つけたり、パワハラを防止したりするには、従業員とのコミュニケーションも非常に重要です。労働安全衛生規則第 23 条の 2では、企業側は必ず従業員の意見を聞く場を設けるよう義務付けられています。
また、新型コロナウイルスの影響で近年では在宅勤務の割合が増えています。在宅勤務は長時間労働の危険性が高く、また企業側も従業員の状況が把握しにくい現状があります。在宅勤務でのコミュニケーションツールや、健康状態の管理の仕組みなど様々なツールの導入や見直しを考えてみると良いでしょう
健康管理を徹底する
従業員が不調を抱えたまま業務にあたっていると、事故の危険性が高まります。また、近年はメンタルヘルス不調を引き起こす労働者が増えていることもわかっています。従業員のうつ病発症や自殺、予期せぬ自己などを予防するためにも、健康管理は今後ますます必要になってくるでしょう。
企業の健康管理としてできる基本的な対策は以下の通りです。
健康診断の実施
・ストレスチェックの実施
・メンタルヘルス対策
・相談窓口の設置
・メンタルヘルスの教育研修や情報提供
また、海外勤務者に向けては違った視点でのサポートが必要です。予防接種やメンタルサポート、相談ネットワークの構築など、国内とは異なる対策を考えましょう。
健康管理で大切になってくるのは、早期発見と対処です。健康診断やストレスチェックなどを通して、従業員の不調を見逃さないようにしましょう。ただし実施するだけでなく、診断結果を活用し、従業員の健康リスクを分析することも重要です。「WELSA」のような健康管理システムの活用も、ぜひ視野に入れてみてください。
従業員の定着にもつながる安全配慮義務
安全配慮義務は企業が必ず守らなければならない義務で、違反すると損害賠償につながる場合があります。企業側は安全配慮義務についてしっかりと理解し、自社に合った対策を講じることが必要です。
何より安全配慮義務を果たすことで、社員にとって働きやすい環境を作ることができます。結果的に企業のイメージアップや従業員の定着にもつながるので、その重要性を理解し取り組むのが大切です。