特殊健康診断とは?検査項目や対象者、実施頻度について解説
特殊健康診断は、特定の業務に従事している労働者を対象に行われる健康診断です。労働安全衛生法により実施が義務付けられているので、企業は必ず定められた頻度で従業員に健康診断を受けさせなければなりません。
この記事では特殊健康診断の種類やその対象者、実施頻度などを解説していきます。健康診断業務の担当者は、特殊健康診断の種類を把握して、対象者に適切に案内するようにしましょう。
特殊健康診断とは?基本を解説
特殊健康診断とは、有害業務に従事する労働者を対象にして行われる健康診断です。四アルキル鉛・石綿(アスベスト)など有害だと指定された物質を扱う作業や、体に悪影響を与えるリスクの高い高気圧下での作業などを行う従業員が対象となります。これらの有害業務は従業員の健康を脅かすおそれがあるので、企業は必ず健康診断を受けさせなければなりません。
まずは基本を理解するため、一般健康診断との違いや、特殊健康診断が必要な業務の種類から解説していきます。
1-1.一般健康診断との違い
特殊健康診断と一般健康診断は実施の目的に違いがあるため、診断項目も異なります。
【特殊健康診断と一般健康診断の違い】
対象者 | 目的 | |
一般健康診断(労働安全衛生法第66条第1項) | すべての労働者 | 一般的な健康状態を調べるために行われる。 |
特殊健康診断(労働安全衛生法第66条第2、3項じん肺法第3条) | 有害な業務に従事し、健康障害のリスクが高い労働者 | 健康障害を予防、または早期発見するために特定の検査を行う。 |
一般健康診断について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
1-2.特殊健康診断が必要な業務の種類
特殊健康診断の実施が必要となる業務は、主に次の8種類です。
- 高気圧業務
- 放射線業務
- 特定化学物質業務
- 石綿業務
- 鉛業務
- 四アルキル鉛業務
- 有機溶剤業務
- 粉じん作業
上記のうち特定化学物質業務や石綿業務などに従事している労働者は、退職や作業内容の変更などにより業務に携わらなくなった場合でも、特殊健康診断を実施しなければなりません。
そのほか実施義務はありませんが、モニターやディスプレイなどを用いて行うVDT作業、チェーンソーやグラインダーなどを使う振動業務も、特殊健康診断の実施が推奨されています。
1-3.実施しなかった場合の罰則
特殊健康診断の未実施は法律違反となり罰則の対象となります。通常はまず労働基準監督署から指導が入りますが、適切な対応をしなかった場合は、50万円以下の罰金が科される場合があるので注意しましょう。
実際に2020年に自動車修理業を営む企業が、労働安全衛生法第66条違反で福井地検に書類送検された事例もあります。この企業では有機溶剤を扱う労働者1名に対し、2年間以上もの間一度も特殊健康診断を実施していませんでした。
企業が実施すべき健康診断項目
続いて、企業が必ず実施しなければならない8種類の特殊健康診断について詳しく解説していきます。検査内容や実施頻度などもまとめました。
2-1.有機溶剤健康診断
有機溶剤健康診断では、扱っている有機溶剤の種類により受けるべき検査項目が異なります。
【有機溶剤健康診断の検査項目】
有機溶剤の種類 | 尿中代謝物検査 | 肝機能検査 | 貧血検査 | 眼底写真撮影検査 |
キシレン、スチレン、トルエン、1,1,1-トリクロルエタン、ノルマルヘキサン | ○ | |||
N,N-ジメチルホルムアミド、トリクロルエチレン、テトラク、ロルエチレン | ○ | ○ | ||
クロルベンゼン、オルトジクロルベンゼン、クロロホルム、四塩化炭素、1,4-ジオキサン、1,2-ジクロルエタン、1,2-ジクロルエチレン、1,1,2,2-テトラクロルエタン、クレゾール | ○ | |||
エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコ ールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル | ○ | |||
二硫化炭素 | ○ |
有機溶剤は揮発性のため、知らず知らずのうちに作業者が吸い込んでしまう危険性があります。多くの量を吸い込むと急性中毒を起こす可能性があり、大変危険です。さらに油脂に溶けやすい性質により、皮膚から体内に入り、視神経や肝臓に障害を起こす可能性があります。
そのため6ヶ月に1回の頻度で定期的に特殊健康診断を実施することが重要です。そのほか雇い入れ時や配置換え時など、有機溶剤業務に携わるタイミングで実施する必要があります。
2-2.鉛健康診断
鉛を扱う業務に携わっている労働者が対象となる特殊健康診断です。鉛は中毒性があり、血中の鉛の濃度が高いと頭痛や嘔吐、高血圧などの症状が出ます。電池の製造や溶接など、鉛を扱う業務でも中毒症状が起きる危険性があるので、定期的な検査が必要です。
健康診断では、鉛の暴露状況と現在の健康状態をチェックします。医師は食欲不振や知覚異常、睡眠障害などの自覚症状、または他覚症状がないか必ず確認する必要があります。
以下で、対象者全員が実施すべき項目と、医師の判断により行う項目についてまとめました。
【鉛健康診断の検査項目】
全対象者が実施すべき項目 | ①業務歴の調査 ②鉛による自覚症状および他覚症状の既往歴の調査、血液中の鉛の量および尿中のデルタアミノレブリン酸の量の既往の検査結果の調査 ③鉛による自覚症状または他覚症状と通常認められる症状の有無の検査 ④血液中の鉛の量の検査 ⑤尿中のデルタアミノレブリン酸の量の検査 ※上記のうち④⑤は医師の判断により省略することが可能 |
医師が必要と判断した労働者のみ追加で実施する項目 | ⑥作業条件の調査 ⑦貧血検査 ⑧赤血球中のプロトポルフィリンの量の検査 ⑨神経内科学的検査 |
雇い入れ時や配置換え時のタイミングで実施するほか、6ヶ月に1回の頻度で定期的に特殊健康診断を行います。
2-3.特定化学物質健康診断
特定化学物質健康診断は、指定された化学物質を取り扱う労働者が受けなければならない特殊健康診断です。特定化学物質は目や皮膚から吸収されると痛みやただれなどが起こります。さらに蒸気などを吸い込むことによって、肝臓や腎臓障害、神経障害などを起こすリスクが高まります。
健康診断の対象となる化学物質は以下の3種類です。
【特定化学物質健康診断の対象となる化学物質】
製造禁止物質 | ベンジジン(塩) 4-アミノジフェニル(塩) 4-ニトロジフェニル(塩) ビス(クロロメチル)エーテル ベータ-ナフチルアミン(塩) ベンゼンゴムのり |
第一類物質 | ジクロルベンジジン(塩) アルファーナフチルアミン(塩) 塩素化ビフェニル(PCB) オルト-トリジン(塩) ジアニシジン(塩) ベリリウム ベンゾトリクロリド |
第二類物質 | アクリルアミド アクリロニトリル アルキル水銀化合物 エチレンイミン エチレンオキシド ホルムアルデヒド 塩化ビニル 塩素 オーラミン オルト-フタロジニトリル カドニウム(化合物) クロム酸(塩)、重クロム酸(塩) クロロメチルメチルエーテル 五酸化バナジウム コールタール 三酸化砒素 シアン化カリウム、シアン化水素、シアン化ナトリウム 3,3-ジクロロ-4,4ジアミノジフェニルメタン 臭化メチル 水銀(無機化合物) トリレンジイソシアネート ニッケルカルボニル ニトログリコール パラ-ジメチルアミノアゾベンゼン パラ-ニトロクロルベンゼン 弗化水素 ベータ-プロピオラクトン ベンゼン ペンタクロルフェノール マゼンタ マンガン(化合物) 沃化メチル 硫化水素 硫酸ジメチル |
第二類物質のエチレンオキシドとホルムアルデヒド以外は、「業務歴」「既往歴の有無」「自他覚症状の有無」の調査を必ず行います。そのほか扱う化学物質によって、肺活量測定や白血球数の検査、尿糖検査、肝機能検査などが必要です。雇い入れ時と配置換え時、その後は6ヶ月ごとに1回実施します。
エチレンオキシドとホルムアルデヒドに関しては、安衛則第45条に基づき、一般健康診断を実施します。配置替え時と6ヶ月ごとに1回実施します。
2-4.高気圧作業健康診断
高気圧作業健康診断は、地下トンネルの工事や海底に潜る作業などを行う労働者が対象です。高圧環境下での作業は体への負担が大きいので、運動機能や聴力、肺活量の検査などを行う必要があります。検査はまず第一次検査を行い、医師が必要と判断した場合に第二次検査を実施します。
【高気圧作業健康診断の検査項目】
第一次検査 | ①既往歴および高気圧業務歴の調査 ②関節、腰もしくは下肢の痛み、耳鳴りなどの自覚症状または他覚症状の有無の検査 ③四肢の運動機能の検査 ④鼓膜および聴力の検査 ⑤血圧の測定ならびに尿中の糖および蛋白の有無の検査 ⑥肺活量の測定 |
第二次検査 | ①作業条件調査 ②肺換気機能検査 ③心電図検査 ④関節部のX線直接撮影による検査 |
雇い入れ時や配置換え時のほか、6ヶ月に1回の頻度で特殊健康診断を実施します。
2-5.電離放射線健康診断
電離放射線を多く浴びる可能性のある労働者が対象となる健康診断です。たとえばレントゲン写真を撮る診療放射線技師や、産業分野で放射線透過試験などを行う労働者が対象となります。放射線を浴び続けるとDNAの異常が原因となって起こる放射線障害や、機能不全によるがんのリスクが高まります。定期的な健診により、白血球数や目の検査などを行い、異常がないか確かめることが必要です。
【電離放射線健康診断の検査項目】
- 被ばく歴の有無の調査およびその評価
- 白血球数および白血球百分率の検査
- 赤血球数、血色素量またはヘマトクリット値の検査
- 白内障に関する眼の検査
- 皮膚の検査
上記のうち、2~5に関しては医師が必要ないと判断した場合は、省略することが可能です。また、前年に受けた放射線量(実効線量)が5mSv以内、かつ今年1年で受ける放射線量が5mSvを超えない労働者は、医師の判断に基づき2~5を実施する必要がありません。
実施頻度は雇い入れ時と配置換え時、その後は6ヶ月に1回です。
2-6.石綿健康診断
建築材料として使われていた石綿(アスベスト)を扱う作業に従事する労働者、または過去にその業務に従事していた労働者が対象となります。発がん性が問題となった石綿は現在使用が中止されていますが、古い建物を取り壊す作業などでは曝露の危険性があります。
長く吸い込み続けると、ガンなどの原因になるため、定期的に肺や呼吸症状の検査が必要です。また、長い年月を経てから健康被害が生じるケースが多いことから、業務に携わらなくなった従業員でも必要に応じて健康診断を受診することができます。
検査は以下のように一次健康診断と二次健康診断に分かれます。
【石綿健康診断の検査項目】
一次健康診断 | ・業務歴の調査 ・石綿によるせき、たん、息切れ、胸痛などの他覚症状または自覚症状の既往歴の有無の検査 ・せき、たん、息切れ、胸痛などの他覚症状または自覚症状の有無の検査 ・胸部X線直接撮影による検査 |
二次健康診断 | ・作業条件の調査 ・胸部X線直接撮影による検査の結果、異常な陰影がある場合で、医師が必要と認めるときは、特殊なエックス線撮影による検査、喀痰の細胞診または気管支鏡検査 |
石綿健康診断は雇い入れ時と配置換え時、その後は定期的に6ヶ月に1回の頻度で行います。また、雇用時の検診で両側の杯野に不整形陰影が確認されたり、胸膜肥厚が見られたりした労働者は、退職後であっても年2回健康診断を無料で受けることができます。
2-7.じん肺健康診断
金属の溶接作業や研磨加工など、粉じんが舞う危険性のある作業を行う労働者向けに実施する健康診断です。粉じんを吸い続けることにより肺の機能が弱まる「じん肺」の状態は、肺結核や肺がんなどさまざまな病気を引き起こす可能性があります。
じん肺健康診断の検査項目は次の5つになります。
【じん肺健康診断の検査項目】
- 粉じん作業の職歴の調査
- 胸部エックス線写真
- 胸部臨床検査
- 肺機能検査
- 結核精密検査その他合併症に関する調査
実施頻度は対象者によって異なるので、以下の表を参考にしてください。
【じん肺健康診断の実施頻度】
就業時健康診断 | 新たに常時粉じん作業に従事することになった労働者 | 就業の際 | |
定期健康診断 | 現在、常時粉じん作業に従事する労働者 | 3年に1回 | |
現在、常時粉じん作業に従事する労働者で、じん肺管理区分が管理2または管理3に該当する者 | 1年に1回 | ||
過去に常時粉じん作業に従事していた労働者 | じん肺管理区分が管理2の労働者 | 3年に1回 | |
じん肺管理区分が管理3の労働者 | 1年に1回 | ||
定期外健康診断 | 健康診断で「じん肺所見あり」または「じん肺の疑いあり」と診断された労働者 | 診断されたら即座に | |
離職時健康診断※右記の労働者が、離職の際にじん肺健康診断の実施を求めたとき | 現在、常時粉じん作業に従事 | ・じん肺健康診断の受診から1年6ヶ月以上経過 ・じん肺管理区分が管理2または管理3、かつ前回の受診から6ヶ月以上経過 | 離職の際 |
過去に常時粉じん作業に従事 | ・じん肺管理区分が管理2または管理3、かつ前回の受診から6ヶ月以上経過 |
出典:じん肺健康診断、じん肺管理区分について|厚生労働省 奈良労働局
2-8.四アルキル鉛健康診断
四アルキル鉛健康診断は、四アルキル鉛を扱う作業に従事する労働者に対し行います。ガソリンのアンチノック剤に使われていた四アルキル鉛には毒性があり、皮膚や呼吸器から体内に入ると中毒症状を起こす危険性があります。
四アルキル鉛健康診断では、血液中の鉛や、尿に含まれるデルタアミノレブリン酸の量などを調べます。詳しい検査項目は以下にまとめました。
【四アルキル鉛健康診断の検査項目】
- 業務経歴の調査
- 自覚症状や他覚症状の有無
- 神経症状や精神症状など既往歴の有無
- 血液検査
- 尿検査
実施頻度は雇い入れ時と配置換え時のほか、その後6ヶ月に1回ごと行います。
実施が推奨される特殊健康診断
労働安全衛生法では定められていませんが、行政指導により実施が推奨されている健康診断があります。
【実施が推奨される特殊健康診断の一例】
対象者 | 検査項目 | |
情報機器作業健康診断 | 1日4時間以上、ディスプレイを見たり、パソコンを使ったりなどVDT作業に従事する労働者 | ・問診(自覚症状の有無など) ・視力検査や眼位検査など ・腕などの運動機能や、痛みがないかの検査 |
騒音健康診断 | 騒音レベル85dB以上の場所で作業する労働者 | ・問診(既往歴や自覚症状の有無など) ・聴力検査 |
振動業務健康診断 | チェーンソーなどを扱う業務に従事する労働者 | ・問診(既往歴や自覚症状の有無など) ・握力など運動機能の検査 ・血圧測定 ・末梢神経機能や末梢循環機能に関する検査 ・関節のX線検査 |
特殊健康診断実施後の対処について
特殊健康診断で労働者に何らかの異常が見られた場合、企業は健康を守るための措置を講じなければなりません。
ひとつは該当する労働者の就業場所や作業内容を変更したり、労働時間を短縮したりなどの措置が考えられます。また、精密検査や再検査が必要と判断された労働者には、必ず必要な対応を取ってください。たとえば高気圧作業健康診断は、第一次検査で異常があった場合、第二次検査の実施が必要となります。
併せて作業環境や施設、設備の整備も行いましょう。専門医などと連携し、作業環境測定結果を参考にしながら、作業現場の見直しを行ってください。
また、企業には特殊健康診断の記録を作成し、健康診断の種類ごとに5~30年保存する義務があります。
労働者の健康を守るため特殊健康診断は重要
企業は有害業務に携わる労働者に対し、必ず特殊健康診断を行わなければなりません。未実施の場合は罰則が科される可能性がありますので、特殊健康診断が必要な業務をよく理解して漏れなく実施してください。
何より特殊健康診断は、大切な従業員の健康を守るために重要な取り組みのひとつです。健康診断の担当者は健康診断の種類や実施時期を把握して、適切に労働者へ案内するようにしましょう。